【M-1】海原ともこのwiki経歴!祖母・父・母・師匠・旦那徹底調査!

海原アイキャッチ

「M-1グランプリ2023」決勝の新審査員に海原ともこさんの就任が報じられました。

立川志らく氏の後任審査員として、実力派漫才師の海原ともこさんに白羽の矢が立ち、史上初の女性審査員2人が加わっての実施が濃厚となりました。

今回は、その新審査員に就任される海原ともこさんのwiki経歴と祖母・父・母・師匠・旦那について徹底調査してみます。

どうぞご覧ください!

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目次

海原ともこのwiki経歴

芸名海原 ともこ(うなばら・ともこ)
本名前田 智子(まえだ・ともこ)旧姓梅本
コンビ名海原やすよ・ともこ
相方海原やすよ(実妹)
生年月日1971年12月27日生まれ
年齢51歳
身長163㎝
血液型A型
出身地大阪府寝屋川市
最終学歴大阪・淀之水高等学校卒業
家族構成夫:前田耕陽 1968年8月16日生まれ、55歳。

長女:歌星(かせい)さん 2007年4月12日生まれ、16歳。

長男:將月(しょうげ)くん 2013年11月13日生まれ、10歳。

【YouTube】やすともチャンネル(2023年12月16日現在)
チャンネル登録者数 66,100人
動画再生回数   751万359回

海原やすよ・ともこ受賞歴

海原やすよ・ともこ

1994年 今宮子供えびすマンザイ新人コンクール 第15回香川登枝緒賞

1995年 ABCお笑い新人グランプリ 第16回 最優秀新人賞

1995年 NHK新人演芸大賞 第10回 演芸部門大賞

1995年 NHK上方漫才コンテスト 第25回 優秀賞

1995年 上方漫才大賞 第30回 新人奨励賞

1997年 上方漫才大賞 第32回 新人賞 

1998年 ネイルファスティバル1998 ネイルクイーン(ともこのみ)

2005年 上方お笑い大賞 第34回 最優秀技能賞

2008年 上方漫才大賞 第43回 奨励賞

2012年 上方漫才大賞 第47回 上方漫才大賞

2015年 THE MANZAI2015 プレミアマスターズ たけし賞

2017年 上方漫才大賞 第52回 上方漫才大賞

【祖母】海原小浜(うなばら・こはま)

1923年4月15日生まれ~2015年12月24日(92歳没)

夫は浪曲師の石川玉若。

一男一女を授かり、長男は海原かける(海原やすよ・ともこの父)

叔母の海原お浜と海原お浜・小浜で、戦後は道頓堀角座など松竹系の劇場や大阪・梅田のトップホットシアター等に出演していました。

1967年 上方漫才大賞 大賞
1975年 上方お笑い大賞 大賞

海原一門:海原かける・めぐる、海原はるか・かなた、海原千里・万里(上沼恵美子)、海原さおり・しおり。

やすよ・ともこは、海原小浜の弟子ではなく、海原一門とも直接的な関係はありません。

お浜さんの白内障による引退で1978年5月17日サンケイホールでサヨナラ公演が行われ、テレビでも放送されました。

その後も、司会者やタレントとして活躍され、2005年には上方演芸の殿堂入りも果たされています。

【父】海原かける

1948年2月21日生まれ、現在75歳。

妻はマジシャンのワンダーのり子さん(母はマジシャンのワンダー天勝)

娘は海原やすよ・ともこ

海原かける・めぐる(初代)を結成し、1968年に2代目めぐると、海原かける・めぐるを結成し、1975年には上方漫才大賞新人賞を受賞。

1977年、突然コンビを解散し、芸能界も引退され板前として、大阪・谷町で「ちゃんこ鍋dining うなばら」を経営されていました。

相方のめぐるさんは吉本興業に移籍し、吉本新喜劇の「池乃めだか」として現在も活躍。

2023年7月3日には80歳の誕生日を迎え、これを記念して、「池乃めだか傘寿記念公演」が9月19日(火)~25日(月)の7日間、大阪・なんばグランド花月で開催されました。

【母】ワンダーのり子

奇術師のワンダー天勝を母にもち、師匠として最初はアシスタントで旧うめだ花月の舞台に立ち、その後独立。

うめだ花月に後見を従えて舞台に立ち、容姿端麗で美人で人気者になり、熱烈なファンがいたと記述がありますが、残念ながら画像は見つかりませんでした。

海原かけると結婚し、家庭に入るために引退しました。

【師匠】中田ボタン

やすよが中田カウス・ボタンの漫才のファンであったため、親交のあった父・かけるの紹介でボタンに弟子入りし正式にコンビ結成。

本来は師匠の屋号である中田で「中田やすよ・ともこ」となるはずでしたが、中田ボタン氏から「女流漫才の名門である海原の屋号を名乗ったほうが良いと思う。

お婆ちゃん(小浜)に海原の屋号を名乗っていいかどうか、相談しておいで」と言われ、それを快諾した小浜のおかげで海原の屋号を名乗ることとなりました。

中田カウス・ボタン

コンビ名で妹・やすよの名が先にくるのは、中田ボタンへの師事がやすよが先・ともこが後であったことに起因しています。

【旦那】前田耕陽(まえだ・こうよう)

旦那さんの前田耕陽さんは、元ジャニーズのグループ「男闘呼組」のリーダーでキーボード担当として活躍していました。

1988年に「DAY BREAK」でデビューし、第30回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞し、紅白歌合戦出場を果たしています。


海原ともこさんとの出会いは、読売テレビ他で月曜〜金曜の9:55~11:14に放送されていた情報バラエティー番組『なるトモ!』の共演でした。

2人は木曜日のパネリストとして2006年からレギュラー出演。

前田耕陽さんがともこさん猛烈アプローチし交際に至ったようです。

最初の嫁は元女優の中村由真



最初の結婚は6年の交際を経て1998年、お相手は女優の中村由真さん。

結婚前は親友同士で、結婚後には夫婦で「GODDESS」というバンドでも活動されていました。

結婚前はとても仲が良かったのですが、結婚後は喧嘩が絶えなくなり、2003年の離婚されました。

海原ともこさんも番組制作会社に勤めていたディレクターと、こちらも2003年に離婚されています。

【M-1】海原ともこのwiki経歴!祖母・父・母・師匠・旦那徹底調査!まとめ!

いかがでしたか?

祖母、父、母と芸人さんの血を受け継いだ海原ともこさん。

実力派漫才師としての視点での審査が今から楽しみですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

【追伸】M-1審査員

SNSでは「大体の関西人は、ともこ姉さんを応援するためにM-1を見ている」「ともこさんのコメント、愛あってすごくよかった」「一生審査員席にいてほしい」「ともこ姉さん良い感じに砕けたコメントで良かったし目の付け所が視聴者に1番近かった気がする」と、称賛の声が相次いだ。

引用元:Lmaga.jp

初M-1審査員も好評でしたね!

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